2008年01月31日
千々に物こそ 悲しけれ 我が身一つの 青菜かな
こんなにね、生ってるとは思わんかったんですよ。ジッサイ、マジデ。
土よくして食よし 食よくして人育つ 人育ちて国成る
国家的威容の一端をみましたね、オレは
たかだか、ハウス栽培のほうれん草に、さ。
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土よくして食よし 食よくして人育つ 人育ちて国成る
国家的威容の一端をみましたね、オレは
たかだか、ハウス栽培のほうれん草に、さ。

2007年11月08日
高秋 天高く俺肥ゆる 山形をゆく ~回天篇~
山川牧場を後にして昼食会へ。ほんとバスに乗り降りするだけで、食って
ばかりの山形でのお仕事。昼食は、オババたちによる伝統食のオンパレ
ード。多少、今風にアレンジも入っているが、とにかく野菜中心のヘルシー
メニュー。総じて、調味料も控えめな健康食だわ。

<納豆汁> 続きを読む
ばかりの山形でのお仕事。昼食は、オババたちによる伝統食のオンパレ
ード。多少、今風にアレンジも入っているが、とにかく野菜中心のヘルシー
メニュー。総じて、調味料も控えめな健康食だわ。

<納豆汁>
2007年11月04日
高秋 天高く俺肥ゆる 山形をゆく ~狂瀾篇~
東京では暑気もようやく落ち着いたばかりの10月半ば。蔵王山中の明け方は
摂氏3℃であったのよ。ひと晩中ファンヒーターを点けっ放しにして寝る始末だ
ったわけだ。
朝飯をすませたら、とりあえず蔵王名物のお釜にいく。かつては火を吹くような
歩き原理主義者だったyamabusiめも、屈託もなく缶コーヒーをすすりながらの
バス登山。山頂に近づくにつれ、紅、黄とまだらに織りなす紅葉が目に染みる。
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摂氏3℃であったのよ。ひと晩中ファンヒーターを点けっ放しにして寝る始末だ
ったわけだ。
朝飯をすませたら、とりあえず蔵王名物のお釜にいく。かつては火を吹くような
歩き原理主義者だったyamabusiめも、屈託もなく缶コーヒーをすすりながらの
バス登山。山頂に近づくにつれ、紅、黄とまだらに織りなす紅葉が目に染みる。

2007年11月04日
高秋 天高く俺肥ゆる 山形をゆく ~風雲篇~
2007年10月30日
高秋 天高く俺肥ゆる、山形をゆく ~立志篇~
てっきり新幹線でいくもの思っていたよ。なんたって遙かなる奥羽の山河。山形だもんね。
新宿から、東北道・山形道とバスに揺られて約6時間。広いようで日本はあんがい狭い。
うたた寝の連続でグダグダになりながら山形市は馬見ヶ崎川河川敷に到着。

好天だが、東京よりはグッと気温は低い。マイナス5度くらいか。澄んだ空が高いところにある。
河原では、おばちゃんたちが大鍋でなにかを煮こみながら、おいでおいでをしている。
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新宿から、東北道・山形道とバスに揺られて約6時間。広いようで日本はあんがい狭い。
うたた寝の連続でグダグダになりながら山形市は馬見ヶ崎川河川敷に到着。

好天だが、東京よりはグッと気温は低い。マイナス5度くらいか。澄んだ空が高いところにある。
河原では、おばちゃんたちが大鍋でなにかを煮こみながら、おいでおいでをしている。

2007年10月07日
ドトーのオオサカ出張
ひさびさに大阪出張なのである。
こんなのとか、あんなのとか、そんなのとか、もしかしてイヤン
ヤメテ♪ もうタベラレヘンわ
とか、
ヒィーヒィ-いうたるで~ぇ~、とか思っていたんだが、あれ? でじゃぶぅ~?
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こんなのとか、あんなのとか、そんなのとか、もしかしてイヤン
ヤメテ♪ もうタベラレヘンわ
とか、ヒィーヒィ-いうたるで~ぇ~、とか思っていたんだが、あれ? でじゃぶぅ~?

2007年06月23日
そよろ春風吹く西の湖にて牛を喰らう屋形船
水を打ったかのような静かな五個荘をそぞろ歩いた後は近江八幡の元祖水郷巡りに。
雄々! 日本一な看板が誇らしげ。
葭簀屋根の屋形船とは申せ強化プラな和船タイプに乗り込みまする。


転覆したらどないしよう。泳げへんねんオレ。なんて憂鬱もじきに忘れさせられるのどかな水郷の景色。
琵琶湖にはかつて内湖と呼ばれる琵琶湖本体と境界が定かなる湖が約40もあったそうな。なかでも大中の湖は安土山の麓から諏訪湖よりも大きな規模で広がっていたという。つまり、現在の安土城趾から見渡せば湖は遙か彼方にしかないが、信長その人は湖に突き出す岬の上に城を築き住んでいたということになるらしい。いや、信長どころか昭和30年代までそうだったらしく戦前から計画されていた食糧増産のための干拓事業がその頃に完了したということで、多くの内湖が埋め立てを終えた頃には日本は米作りのみで食っていかなければいけない時代が終わり、カラーテレビや自動車で食っていけようになっていたという、全国あちこちで起こっていたあまり上等じゃない喜劇の最大規模の事例。

そんななか、干拓を免れたのがこの西の湖で、葭原に囲まれた日本最大規模という水郷を琵琶湖とも繋がっている大小の水路を巡って最大2時間船遊びができるという景勝地になっているのである。 続きを読む
雄々! 日本一な看板が誇らしげ。
葭簀屋根の屋形船とは申せ強化プラな和船タイプに乗り込みまする。


転覆したらどないしよう。泳げへんねんオレ。なんて憂鬱もじきに忘れさせられるのどかな水郷の景色。
琵琶湖にはかつて内湖と呼ばれる琵琶湖本体と境界が定かなる湖が約40もあったそうな。なかでも大中の湖は安土山の麓から諏訪湖よりも大きな規模で広がっていたという。つまり、現在の安土城趾から見渡せば湖は遙か彼方にしかないが、信長その人は湖に突き出す岬の上に城を築き住んでいたということになるらしい。いや、信長どころか昭和30年代までそうだったらしく戦前から計画されていた食糧増産のための干拓事業がその頃に完了したということで、多くの内湖が埋め立てを終えた頃には日本は米作りのみで食っていかなければいけない時代が終わり、カラーテレビや自動車で食っていけようになっていたという、全国あちこちで起こっていたあまり上等じゃない喜劇の最大規模の事例。

そんななか、干拓を免れたのがこの西の湖で、葭原に囲まれた日本最大規模という水郷を琵琶湖とも繋がっている大小の水路を巡って最大2時間船遊びができるという景勝地になっているのである。 続きを読む






