2007年05月07日

関西人文圏成れの果て

呉羽丘陵に登り、東方の野を眺めてみる。富山平野は、鶴が翼を広げるように海を抱いている。平野の中央にある、ナマコ型の丘陵が呉羽山であり、立山連峰眺望の特等席として知られている。

この土地に住む人にとっては、例え一生にいちども登山などをしない人にとっても、立山は巨大な宝石のような存在で、晴れては喜び、朝夕の陽に赤く染まっては喜ぶ。もっともこの日は、この時期特有の蒙気に平野全体が覆われて、何も望むことができなかった。


ところで、呉羽丘陵の標高はわずか145メートルでしかない。しかし、この低い丘が決定的な意味を持つのは、これを境にして県内における関東文化圏と関西文化圏を分っていることである。

富山市や魚津市は呉東といい、万葉の大伴家持の頃、国府のあった高岡市は呉西という。東西は、方言も違うし、生活習慣や商習慣もかなり違う。ありていに言い切ってしまえば、両者の仲はあまり良くない。呉西の人は、上方風でどこか脂っこいと、呉東の人は悪口をいう。呉東の人は、どことなく関東風で歯切れがよいため、田舎モノだと呉西の人は思っている。

こうした、人文的な分水嶺を同じ県内にもつ府県というのは、おそらく富山県以外にないのではないか。上方人文圏とは、北陸では福井県も石川県も含んでいる。さらに、越中平野にも入りこむが、ただしこの呉羽山丘陵をもって北限とする。

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この記事へのコメント
なんで中が悪いんだい?昔ケンカでもしたの?
Posted by 勝蔵 at 2007年05月07日 23:10
中→仲(訂正です)
Posted by 勝蔵 at 2007年05月07日 23:11
こんちは!

東海道辺りだと、静岡も。

古ーい文化はともかく、
鰻の背割りもそーだし、電気もそーだし。
Posted by 名ははご勘弁 at 2007年05月08日 21:19
名ははご勘弁さん>
たしかモグラもそこらへんで分かれるんでしたっけ?
Posted by 勝蔵 at 2007年05月08日 23:47